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記英国工党與社会党之関係 (楊守仁)      

(英国労働党と社会党との関係について)

 

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耐可は言う。無政府主義が国家を否定し、愛国心を否定するのは、はなはだ奇っ怪と言うべきだ。

 

イギリス独立労働党は明白に、政府があった方が良いという立場を支持している。同様に、国家があった方がいいという立場をも支持している。と同時にまた、愛国心を否定している。これは、奇っ怪の上にも奇っ怪と言うべきではないだろうか。

 

 しかし、無政府党とは、この主義に赴く傾向をもっている存在である。その目的は、全ての国を政府の要らない段階にまで作り上げることにある。「四海兄弟」すなわち、世界の全ての人々が兄弟のように互いを心から慈しみ合う、黄金郷のように素晴らしい世界を。

 国家を人民よりも上に置く「国家主義」や、そうした「国家」を自分自身よりも大切にさせる「愛国心」は、この黄金世界を建設するという至上の目的の障害となる。それゆえに、とりわけ厳しく否定するのである。

 

 その通りではあるのだが、本当の愛国心と四海兄弟の黄金世界の博愛心とは、決して相反するものではないのだ。

 それは、次のような構図に似ている。

 仏教は出家得度を重んじ、我執を否定し、愛欲を厳しく取り去ろうとする。しかしまた同時に、全てのものを慈しむ「有情」こそ、人間の本性だとする。もし人の本性たる有情を断ち切ってしまえば、すなわち、我々一人一人の中に宿っている仏になる可能性をも断ってしまうのだ、ということに。

 

 つまり、無政府主義が唱える「国家を否定する」とは、人権を踏みにじり、国民の自由をわらの犬のように燃やしてしまう、悪しき国家を否定することに外ならない。

 「愛国心を否定する」とは、人民の自然的な本来の愛国心を惑わせるインチキ政治学説を否定することである。

 もし、人権を回復し、自由を勝ち取り、旧政府を一掃し、新しい国家の建設をなし得るならば、きっとそれは、四海兄弟の黄金世界への橋渡しとなるであろう。まことに、無政府党の出発点とするにふさわしいではないか。

 もしある人が人権を回復し、自由を勝ち取り、そして真の愛国を為すために死すとすれば、まことにその人は、無政府主義の仏の種子だと言ってよいのではないか。

 ゆえに、無政府と愛国心とは相容れないわけではない。

 

 また、無政府主義が国家を否定するのは、すなわちこの地球上に、永遠不滅に存在する価値のある(人間よりも尊い)「国家」など認めないということである。現在の各国については、肩入れしたり選んだりできるような、上等なものでは、とてもない。

 今日、いわゆる一等国なるもの、イギリスであれアメリカであれ、みな正当な存在資格を有してなどいない。ましてや、欽定憲法などをありがたがって戴く日本など、もっての外である。あとは、言うに及ばない。

 ゆえに、無政府党が愛国心を否定するのは、決して李完用(伊藤博文に推されて総理大臣となり、日韓併合条約に調印。売国奴の代名詞)や一進会(日韓併合を推進した韓国の政治結社)の如き卑劣なものとは違う。こういった犬野郎、豚野郎どもは、嘘をつき自らを偽るのが関の山だ。

 

 また、無政府主義の愛国心の否定とは、無頼の政治ゴロどもが主張するような乞食立憲主義者、朝廷に懇願してそのお情けで立憲制を手に入れようというのでもない。そんなことをしても非難の的になるだけだ。

 

 そして我々はここにおいて、国家によって発生する苦痛の、別の原因を見つけることができた。

 無政府主義が最初に騒がれたのは、ロシアである。そして、この主義を信奉するのは、実にポーランド人やユダヤ人が最も多い。その訳は説明がつく。

 ポーランド人はロシアとドイツとに瓜分されて以来、圧迫されて、苦痛は甚だしく悲惨である。ドイツの支配下にあるポーランド人は、財産権をことごとく失ってしまった。ほんのわずかな土地でさえも、ポーランド人が自分で使うことはできないのである。ロシアによる迫害は、さらに酷いものであった。

 ユダヤ人は国を失って久しい。ロシアにおいては常に宗教の違いを理由に惨殺され、生命財産権が急激に失われ、どうにもできなかった。

 この二つの人種は、国家が無いことの苦痛を最も深く感じ、その結果として、敗残の勢力をかき集めて自分たちの国家を建設するしかないと結論づけた。目下のところ、情勢は彼らにとって有利とは言い難い。故に彼らは現状に絶望し、宇宙が進化して太平大同の平らかな道になることを望むように、ならざるを得ない。自らを奮い起こして急先鋒になり、現在の世界の狭量苛烈な国家概念の一切を打破せんと、切実に願うのである。

 彼らは国家を亡くしたことによって、一万人の英雄が死んだところで買い戻すことができない損害を被った。

 万国を政府の要らない段階にまで敢然と押し上げ、人々を黄金世界に導くことは、不屈の勇者にのみ成し得る行為である。しかし、彼らが生き延びるための、たった一つの根拠地も得られないのは、全く痛ましいと言うほかはない。

 

 

 

 


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