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    多摩丘陵から 〜日記のようなもの       
     
    2022年3月 5日 6日 9日 10日
     
    ●3月5日(土)
     おお、ヴォロージャ! お願いだから、ばかなことはやめて。そんなことをしても、誰も喜ばない。
     もうソ連はないの。ウクライナはロシアではない、別の国なのよ。
     あなたは一体、何がしたいの? 何をそんなに恐れているの? 誰があなたを苛めるの?
     
     と、誰かプーチンに言ってやってください。
     
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    わたしにとってのロシアは、ゴーリキーとクロポトキンとチェーホフとツルゲーネフとタルコフスキーなんだ。
    そして、美しく哀しい民謡の数々(母がダークダックスが好きで、彼らが歌うロシア民謡集のカセットテープ!があったため、かなりの曲数を彼らの歌で覚えている)。
     
    何なんだろうか、あの国は。
     
     ツルゲーネフはロシアを愛しながらも、ロシアには住めない人だった。
     
    タルコフスキーは自分の欲しい「色」はソ連では撮れないと言ってヨーロッパへ行き、そのまま亡命する形になったが、あっという間に病を得て死んでしまった。このときわたしたちファンは、やっぱりあの人は「ロシア」でしか生きられない、「ロシア」から切り離すことのできない人なんだと思った。
     
    チェーホフもあっという間に死んじゃったな。あのすばらしいシベリア、サハリンへの旅が、彼の寿命を縮めることになったのかもしれないのは、胸の痛むところだ。
     
    そしてゴーリキー。あんなに美しい魂の人は、滅多にいない。彼の自伝三部作に驚いて、「自慢(卑下自慢、貧乏自慢、病気自慢等々を含む)の欠片もない自伝は見たことがない。彼は自分の精神の美しさを知っているのだろうか」と夫に言うと、夫はニヤリと笑って言った。
    「彼は自分を醜いと思っているよ」
     
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    ♪ふるさとの声が聞こえる 自由の大地から
    何よりもわれら慕う 懐かしソヴェートの地
    世界に類なき国 うるわし明るき国
    われらの母なるロシア 子どもらは育ちゆく♪
     
    美しい伸びやかなメロディーで、日々家事をしながら、つい口ずさんでしまう歌なのだけれど、……でもこの曲の名は「エルベ河」なんだ。第二次大戦末期、ドイツ軍と戦って西進してきたソ連軍と、同じく東進してきた米軍とが、エルベ河畔で出会って祝杯をあげた記念の歌なんだ。
     
    わたしは何を思えばいいんだろう。なんだか分からないが、悲しくてならない。
    おかげで、ただでさえグダグダなこの日記が、常にもましてグダグダになってしまった。
     
     
    ただ……何でもいいからプーチンよ、いますぐ兵を退け!!
    天地がひっくり返っても、そのボタンだけは押すな!!!
     
     
     
     
    ●3月6日(日)
     陳星台先生、生誕147年。でも、神田へはとても行けなかった。休日にこの多摩の大地から抜け出すのは難しい……。
     
     何かとキナ臭い昨今。TVでは中国の脅威も語られる。世界の目がウクライナに注がれている今、よからぬ動きをしかねないと。
     
     星台先生が夢見た未来の中国は、確かに軍事大国だったけれど、それは当時が帝国主義の世界だったからで、今は律が違う。
    違うよね。ね、プーチンさん。
     
     
     
     
    ●3月9日(水)
     なんか知らぬが勤めが休みなので、夫とともに上野の寛永寺さんへ。姑の両親と兄弟のために。
     けれども、海老名香葉子さんをはじめとする方々が、慰霊碑の前で集会を開いていらしたので、端っこに参列するはめになった。
     なんだか海老名家の法事にまざっている感じで、居心地がわるかった。
     
     悼む気持ち、悲しむ気持ちに、変わりはないのだけれど。
     
     
     
     
    ●3月10日(木)
     今日が何の日か! 3・11の前日じゃないんだよ。10万人の命日なんだ。
     「約10万」
     それは、数字じゃない。一人一人、名前があり家族があり人生のある人なんだ。
     
     ともかく今日は夫の外祖父母とおじさんたち(伯父は七歳、叔父は乳飲み子だったとか)のために、そして「約10万」の方々のために祈る日だ。