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    多摩丘陵から 〜日記のようなもの       
     
    2011年3月 4日 6日 13日 19日 20日 22日
     
    ●3月4日(金)
     予告されてはいたけれど、それにしても今年の花粉は兇暴だ。これでまだ「やや多い」なのだから、この先どうなるのか、考えたくもない。
     わたしももう10年以上になるけれど、夫はずいぶん昔かららしい。ただ、彼の場合はどういうわけか、ここ数年は杉ではほとんど症状が出ず、檜に反応するようになっていた。
     その彼も、今年はぐずっている。
     それだけ兇暴ということか。
     
     目がかゆい!!
     
     
     
     
    ●3月6日(日)
     陳星台先生生誕136年!
     
     例年なら東新訳社へ行ってお祝いするのだが、さすがに日曜に神田まで行くのは厳しい。ということで、先週こっそり済ませてしまった。
     
     自由平等博愛、民族民主民生
     
     辛亥百年の今年、この六つのうち実現しているのは民族くらいか。それも、星台先生のレベル(対列強、対満)ではかなっているけれど、漢人以外に目を向けると、それも疑問符がいくつもついてしまう。
     こんな国をつくるために死んだんでしたっけ。
     
     昨夜、TVで『SP』とかいうドラマを見た。それで強く思ったのは、そこで企てられているのは革命なんかじゃない、ただのクーデターだということ。
     大衆運動を伴わなければ、底からひっくり返らなければ、革命とはいえない。
     
     翻って辛亥を考えてみると、あれは何だったのだろうか。
     星台先生がいたから、彼の『猛回頭』や『警世鐘』があったから、そして禹之謨の活動なんかもあったから、それは一部のエリートによる政変ではない。そう言っていいのかな。
     
     革命の中堅は下等社会だ。楊篤生は正しい。
     
     なんて言うと、阿Qがきょとんとしていそうだけど。
     
     
     
     
    ●3月13日(日)
     なんだか分からない。容量オーバー。
     TVで見る映像が頭で意味を結ばない。
     
     ただ、
     名取市には友だちがいるんだ!
     大事な友だちなんだ。
     地図を見たら河口からは距離があるようだし、地名から推すに高台ではないかと思われるけど。
     御家族全員無事だと信じているけど、揺れはひどかっただろうから、たいへんなことになっているだろう。
     
     旧友のいる盛岡はだいじょうぶだろうけど、こっちも電気やガスなど止まっているらしいから、不自由してらっしゃるだろう。
     
     なんだか分からないけど、祈るしかない。
     
     
     
     
    ●3月19日(土)
     名取の友人は無事だった。家族4人で、御自宅にいる。たいへんだったようだが、今は水も電気も通じているそうだ。
     気仙沼の海の近くにあったという御実家は流されてしまい、御両親、御祖母様は御無事だったが、お兄さんと連絡がとれないとか。
     物資不足が深刻で、ガソリンの残量を気にしながら一か八かで買い物に出ても、食べる物もなかなか買えないらしい。
     
     地元の駅前で募金をしていたが、自民党の人たちだったので応じなかった。
     反対運動をアカの世迷い事のように扱って、原発を推進してきたのは自民党政権だ。
     想定外なんて言うけど、反対派はこの事態を想定していたから、ずっと反対してきたのだ。それを無視して、原発に頼る既成事実をこしらえて、こんなに依存しているのだから原発は必要だ、なんて言ってきたのは誰だ?
     
     こんなときで、みんなたいへんなのだから、節電に協力はするさ。もともとそんなに電気を喰う暮らし方はしてないつもりだけど、照明を半分にしたり、ちまちまと消してまわったりしているさ。
     だけどやっぱり釈然としない。
     札びらで過疎地をひっぱたいて、危ないものを押しつけるやり口が、もともと気にくわない。そんなに安全だというのなら、なぜ広瀬隆の言うとおり東京に造らないのか。
    60〜70年代なら、お台場なんかはまだ開発されていなかったのだから、そこに造ればよかったじゃないか。
     
     ……なんて、今さらこんなところで吠えてもしかたないのだけれど。
     
     
     いつの間にか沈丁花が香り、日向ミズキもこぼれるように咲き始め、モクレンもほとんど咲きかけている。
     春だね。
     
     
     
     
    ●3月20日(日)
     宋教仁事件の日なのだけど。
     
     いつまで続くのか。
    しょっちゅう揺れるので、過敏になっているのか、ばかになっているのか、揺れていない時まで揺れている気がする。自分の鼓動や脈動まで揺れに感じて、その度にガラスのポットの水面を見つめ、本物か否か確かめている。「キンコンキンコン」という緊急地震速報も、何度聞いても慣れない。恐い。
    物がない。懐中電灯や電池は分かるが、お米や乳製品、ちり紙類が無くなるのはなぜだ? 毎日入荷しているから慌てるなと、店内放送で言っているのに、そして「お一人様一つ限り」と貼ってあるのに、棚は空っぽ。
    なんだか分からない。
    うちは二人ともお腹が弱いから、ヨーグルトが無いと困る。明日には買えるかしら。
    花粉の最盛期でちり紙も欲しい。こちらは震災前に特売で買い込んだのがあるからと悠然と構えていたが、それでもそろそろ心許なくなっている。
     
     もちろん、被災された方々を思えば、このくらいでブツブツ言っていてはいけない。
     でも、解せないんだ。なんでちり紙なんだ?
     
     
     
     
     
    追記 彼女の御兄様が確認されたそうだ。なんで? 彼女は御姉様も一昨年に数年に亙る闘病の末に亡くされたばかりだ。どうしてこんな?
     
     
     
     
    ●3月22日(火)
     宋遯初君の命日なのだけれど。
     
     満30歳、まさにこれから!というときの彼の死は、言うまでもなくいたましいものだし、その死が中国の歴史を変えたのも事実なのだけれど。
     
     でも今は、彼のことを思う余裕はない。ごめんね。